戦国島津をもっと深く・もっと楽しく

しまづくめ

つるがじょう

鶴賀城

大分

概要

戸次川合戦」(天正14年12月12日)の舞台の一つとなった大友方の城。「利光城」とも呼ばれる。

府内と臼杵を繋ぐ要衝に位置し、府内侵攻を目指す島津勢の攻撃を受けた。この時城主の利光宗魚(鑑教)は出陣中であり、不利と判断した城中は人質を差し出し一旦和睦するも、宗魚が帰還すると一転して攻撃に転じ、城の南方の念仏坂(石切坂)で島津勢と激戦となったという。
天正14年(1586)12月6日頃、鶴賀城と念仏坂の間にある梨尾山に本陣を敷いた島津家久は鶴賀城の包囲攻撃を開始。寡兵ながらも激しく抵抗した城方だったが、二の丸・三の丸が落ち、また12月10日には宗魚が狙撃により戦死し風前の灯火となった。
翌11日、鶴賀城後詰のため四国・豊後連合軍が対岸の鏡城に入城。この報を受けた家久は鶴賀城包囲を解き、豊臣勢との戦いに臨むことになる。

登山道は整備され案内板も充実しており、遺構も各曲輪・防塁・土塁・堀切・虎口・畝状竪堀(写真4枚目)などが良好な状態で見て取れ、本丸の展望台からは戸次川古戦場付近が一望できる(写真5枚目)。

登山口は2ヶ所あり、東側のコンクリート工場付近からは二の丸・三の丸を経て40~50分程度、西側の成大寺付近からは穀倉跡などを経て30分程度で本丸に到達できる。



東側は麓から二の丸付近まで舗装されており本来は車で登ることが可能であるが、途中の未舗装路に数か所隆起があり、走行ができない状態にある(2020年3月25日現在)。


参考文献
  • 『さつま人国誌3 戦国近世編』桐野作人(南日本新聞社)
  • 『<島津と豊後侵攻戦>九州制覇目前 戸次川の合戦の行方』桐野作人(学研パブリッシング 歴史群像デジタルアーカイブス)
  • 『島津四兄弟の九州統一戦』新名一仁(星海社)
  • 『戸次川の合戦 史跡めぐり』(戸次校区健康といやしの里づくり実行委員会)
  • 『樺山紹剣自記』
  • ほか現地案内等


  • 住所 大分県大分市大字上戸次
    駐車情報 無…登城口周辺に駐車スペース有
    アクセス (登山口まで) ■車
    大分米良ICより20分

    ■公共交通
    JR中判田駅より徒歩5分、判田局前で「大分バス 臼杵駅行」10分、「中津留(戸次)」下車徒歩20分

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